2014年07月28日

3度目の  …胡蝶蘭   

前にもこうやってつぼみをつけて咲いて飾った胡蝶蘭が,また咲きました。

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3度目ですかね。
そろそろ,慣れたでしょうから,植え替えに挑戦してみようかと思っています。



そんな折,事件が解決した依頼者の方から素敵な贈り物をいただきました。

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素晴らしい!
立派にもほどがあります。


全体を見ると,お手製の胡蝶蘭とは全く雲泥の差ですが,花一つ一つを見ると,全く同じ幾何学的な造形です。


我々の仕事は,枝葉末節に拘ると,前に進まないことが多く,「木を見て森を見ず」は百害あって一利無しの面も否定できません。
ただ,反対に森ばかり見ていて木を見なくなっても,それもまた害悪を引き起こすのだろうなと思います。

何が木で何が森かもよく分かりません。
我々から見た木は,小動物からしたら「木を見て森を見ず」の「森」であって,木の葉っぱ等のもっと小さいものが「木」でしょう。蟻からしたら,その葉っぱも「森」であって,小石が「木」でしょう。

何事もバランスと視点ですね。

バランスのとれた,複数の視点から楽しむことができる胡蝶蘭育成に邁進します。
posted by 水越法律事務所 at 09:09| 事務所

2014年07月16日

絶望の裁判所 (瀬木 比呂志 氏)

裁判所に対する信頼は,我々の業務において,必要不可欠です。
いざとなれば裁判所の判断を仰げばよい,その場合はこうなる,という,前提があるから,一定の物差しとの兼ね合いで交渉をすることができ,闘うことができます。
他方,盲目的に裁判所を信頼しているかと言えば,そうともいえません。裁判官も人間です。ばらつきは大きいです。
だからこそ,必ずしも全件すぐに裁判をするわけではなく,適宜当事者間の交渉,ADRを用いてみたり,調停をしてみたりと知恵を巡らせます。

裁判所に対する不信は,依頼者からもよく聞かれるところです。
私は,裁判は方程式ではない,という表現をすることが多いですが,裁判官次第で裁判は変わり得るものです。当然弁護士次第でも大きく変わると思います。


この本は,そんな裁判所不信を抱く依頼者の方に送っていただいたものです。
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その経緯としては,
Aさん:裁判所は信頼できない…
私:方程式ではない云々…
  かんぬん…
  そういえば,元裁判官によって書かれたよい本がありますよ
Aさん:読みました。先生も読んで下さい。
というものでした。

私の印象では,失礼ながら,ワイドショーのように少しずれたところからヒステリックなアプローチをする本なのかな,というところでした。

「裁判所の門をくぐる者は,一切の希望を捨てよ! 元エリート裁判官 衝撃の告発」
「一人の学者裁判官が目撃した司法荒廃,破壊の黙示録!」

こんなキャッチコピーを見れば,私でなくともそう思うでしょう。

まるで,ギャンブル狂の頗る人間味溢れる青年が奮闘するという漫画,カイジです。


お薦めした手前,また,せっかくお送りいただいたので,読んでみると,この印象にそぐわない,大変内容のある本でした。


要するに,ひとことでまとめてしまえば,司法の荒廃,絶望感が記されているのですが,そのひとことではあまりに伝わらない,実情,現実が,適確な言葉で,また,理論・理屈に裏打ちされた客観的思考で書かれています。
決して,主観的なワイドショー目線ではありません。
さすが,「元エリート裁判官」です。

私のような組織に属さない,属したがらない者にとっては,人事的な話(キャリア制度が司法を崩壊させている。)については,まったく琴線にふれるものではなかったですが,日々,漠然と裁判所に対して感じており,何となく依頼者に説明していることが,的確に記されており,読後すっきりした感じがします。


  • 一票の格差訴訟(投票の価値が地域によって異なるのも一定程度で許容される。)
  • 反戦ビラ配布事件(反戦ビラをまいたから,住居侵入罪だ。)
  • 空港差し止め事件(騒音について甘受せよ。)
  • 米軍基地に関する騒音事件(米軍の飛行は国の支配外だから,裁判はできない。)
  • 損害賠償の中間利息控除問題(5%で運用できるからその分控除するよ。)

について,具体的な考察をされていますが,簡にして要を得るといったところで,短くも読み応えがある内容でした。
このうち,損害賠償の中間利息控除問題は,「たらればと5%」で取り上げたように,改正を検討しているようですから,問題意識は至極もっともなものなのでしょう。

その他にも,家事調停についての問題点,憤り,考察は,特に適確でした。
家事調停制度は大変問題がある制度であると思います。ことに調停前置主義を採る離婚において顕著です。
何もかも法律で厳格に規律することがよいわけはありませんし,現実的にも不可能です。そのため,互譲による解決をはかるという調停手続の制度趣旨は素晴らしいと思います。個々の調停委員の先生も頑張られているのだと思います。
ただ,厳しいことを言ってしまいますが,当事者からすれば,調停手続,調停委員は,追い詰められた状況で藁をもすがる気持ちの中の藁であるのに,手続保証,専門性の観点から,いずれも形式だけしか整っていない画竜点睛を欠くものと言わざるを得ません。これでは本当に「藁」です。



著者が真に言いたかったことは要するに,以下ではないかと思います。




本来,裁判官などという職業は,さまざまな人生経験を経て,酸いも甘いも相当程度に噛み分けられるようになってから就くことが望ましい。それだけの包容力や耐性をもっていないと,人の運命を左右するこの職業は,精神的な負担が大き過ぎ,荷が重すぎるのである。


この言葉は,共感できるところです。人の判断には限界があります。
ただ,理想論的にそうでも,制度的に困難な面はあるのでしょうね。



この本には共感しましたが,冒頭に記したように,我々は,裁判所への信頼をベースにせざるを得ません。裁判所への信頼が全くないのであれば,審判に対して信頼が全くないサッカープレーヤーの如く,競技が,業務ができません。たとえるなら,フィギアスケート,体操のような採点競技の方がより高いのかもしれません。
命運は,裁判官が握っています。

また,抜本的な制度改革が必要であったとしても,目の前の事件については,間に合いません。
依頼者からすれば,全体的に司法が荒廃していようが,自分の事件について適正に判断されればよく,反対に,仮に司法が清廉潔白でも,自分の事件が不当に判断されれば,その打撃は計り知れないものでしょう。

「絶望の裁判所」を前提に,どのように権利救済をはかるか…。それが今の弁護士の一つの命題ですね。


著者の信念は,十分に伝わりました。

でき得れば,このような信念のある方には裁判所に残っていただき,個別具体的な事件で,信念のある判決を書いていただきたかったです。



また,そうはいっても,裁判所は,信念で溢れかえった裁判官で溢れていることを期待します。
絶望は何も生みません。



この本は,事務所に置いておきます。リーガルハイのDVD同様に,貸し出しをしますので,ご用命の方はお申し付け下さい。
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posted by 水越法律事務所 at 19:09| 事務所

2014年07月09日

たられば,と5%



サッカーに造詣が深いわけではありませんが,たまたま早起きしたので,ワールドカップ ブラジルVSドイツをみていたところ,あれよあれよという間に点が入り…

やはり,何が起こるか分かりません。
仮に,先制点をブラジルが入れていれば,仮にブラジルの選手の怪我がなければ…



勝負にたられば禁物ですが,法律(裁判)の世界はたらればの世界であったりもします。

仮に,事故にあっていなければ,これだけの収入があっただろうけれど,それを失った,というのが交通事故訴訟における逸失利益という損害の考え方です。

そういえば,私も大きな交通事故にあったことがありますが,それさえなければ,メジャーリーガーだったかもしれません。
最近も,建築瑕疵に基づく事故で,大きな怪我をして松葉杖生活を余儀なくされましたが,怪我がなければ,今ごろゴルフのシングルプレーヤーだったかもしれません。

閑話休題。

よくある貸金請求訴訟などでも,仮に1000万円貸金が約束どおり返済されていれば,その1000万円を運用して,年利5%の運用益が出ていたであろう,という考え方に基づき,支払まで年5%の遅延損害金が認められます。1000万円の返済を5年間滞納していた場合,1250万円の支払を受ける権利があることとなります。


民法
(金銭債務の特則)
第419条
金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。
第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。

(法定利率)
第404条
利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、年五分とする。


この運用益という考え方を,上記逸失利益にあてはめて考えると,逸失利益の填補は一時金として行われることから,運用益部分が控除されることになります。
つまり,将来,たとえば10年後において1000万円もらうべきものを,今もらうので,10年間運用できますよね,だからその分の運用益を控除しましょうね,というのが,中間利息の控除といわれる考え方です。



今般,この法定利率(=遅延損害金率)が見直される動きがあります。




http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/nation/mainichi-20140709k0000m040072000c.html


記事によれば

 日本損害保険協会によると、生涯月収の平均が約41万円の27歳男性(扶養家族2人)が後遺障害で仕事ができなくなった場合、中間利息が5%だと逸失利益は約5500万円だが、3%では約7400万円に増える。

と大きく変わることになります。



そもそもが,年5%の運用益ということ自体が現実社会と乖離しているので,妥当な見直しでしょう。


ただ,上記の貸金の場合についてみると,仮に年3%となるならば,1000万円の返済を5年間滞納していた場合,1150万円の支払を受ける権利があることとなり,100万円現行制度より減ってしまいます。

遅延損害金が高いことは,怠惰な支払義務者へのサンクション(制裁)になるのでよい面もあると思います。
実務的な観点からすると,裁判が遅延した場合,支払義務者が牛歩戦術を採る場合などに,年5%もの法外な(といっても法定の)遅延損害金がいただけることが権利者の精神的な安定剤になっているとも思うので,中間利息以外の場面では,見直さないで欲しいなとも思いますが,それは都合のよい話でしょうね。





ネイマールがいれば…
posted by 水越法律事務所 at 10:43| 弁護士的情報